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アーバン・ヘリテージ・クロニクル〜最終更新日:2009年2月13日
 
 

新着記事

鉄砲洲ー愛され続ける地名
昔ながらの町並みが残る東京都中央区湊。2丁目から3丁目にかけて散策してみると、「鉄砲洲」なる文字があちらこちらから目に入る。公園や神社にはじまり、食堂や寿司屋、病院にいたるまで「鉄砲洲」を冠している。さらには「鉄砲洲」なるバス停まであり、はじめてこの地域に足を踏み入れると、ここが鉄砲洲という場所のように錯覚する。確かに良く見ると、バス通りは「鉄砲洲通り」という名前がついている。ところが、実際には鉄砲洲という住所は存在しない。東京都の特に中央区には、江戸時代の名残りがある地名が多く残されているが、鉄砲洲という名前は特に目を引くものの一つである。...続きはこちら

最近の掲載記事

◆清澄長屋と清澄寮〜戦火を潜り抜け、深川を見守る
平賀源内や松尾芭蕉が居を構えた、歴史ある町、江東区深川。江戸を代表する下町の一つで、人々は「いき」であることを大切にしたという。明治時代には東京の区名となり、戦後まで東京市深川区と呼ばれた。域内には有名な富岡八幡宮をはじめ数々の由緒ある寺や、江戸時代に造られた運河などが残っており、歴史の深さを感じさせる。その深川にあり、東京都の指定名勝である清澄庭園の東側に、今では珍しい長屋形式の住居が建っている。清澄通りに沿いにあるその住居は、通称、清澄長屋と呼ばれる80年以上も前に建てられた住居だ。歴史保存というジレンマを抱えながら、安全確保などの理由で日本の古い建物は建て替えられる傾向にある...続きはこちら

◆下足番〜江戸の粋を守る仕事
東京・根岸で江戸時代から300年以上続く料亭、「笹乃雪」の入口。店に向かってきた老夫婦が中に入ろうとに引戸に手を伸ばそうとすると、「いらっしゃいませ」の声と共に、中で客を待っていた男性達が戸を開けた。彼らは客を店内に招くと、「今日は生憎の天気ですね」と声をかけ、老夫婦の傘を預かり、脱いだ靴を棚にしまい、数字の書いた札を1枚、渡した。「お帰りの際に札をお出しください」と声をかけ、客が店内に消えると、また引戸の傍に戻った。この男性達は「下足番」と呼ばれる。以前は普通に見られた職業であるが、現在その姿を見かけることは、都内でも珍しい。
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◆江戸料理の将来に関して、八百善10代目に伺う
以前から疑問だった。京料理の店やメニューは良く見聞きするのに、何故、江戸料理の話はあまり聞かないのか。東京でも、である。その疑問に対して、享保年間(1716~1735)に開業、江戸で最も成功した料亭の1つ、「八百善」の10代目、栗山善四郎氏が、江戸料理と八百善の歴史と共に丁寧に答えてくれた。...続きはこちら

◆消え行く日本の伝統技術

江戸時代、第4代将軍徳川家綱が統治していたとき、武蔵国と下総国を渡る橋として両国橋は掛けられたという。現在の両国は、その橋の東岸、かつての下総国側の地区にあたる。その中心である両国駅から数分歩くと、大きな通り沿いに「喜久や足袋本舗」の大きな看板が見える。店のディスプレイには様々な足袋が飾られている。引き戸を開けると、ミシンなどの工具が並び、その奥にある畳の間の上に正座し、キリッとした姿勢で御誂(あつらえ)帳に書き物をしている人物こそが、代々の天皇家に足袋を納め、有名力士の足袋も手がけている、宝暦元年創業 両国喜久や足袋本舗 11代目...続きはこちら

 

 


 

 

 

 

 
 

 

   
       

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