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  羨望のプラザ・ホテル
この記事は2005年6月11日にデイリーヨミウリ紙に掲載された英文記事に翻訳・加筆したものを、同紙の許可のもと掲載しています。原文はこちらをご覧下さい
 
 

4月のある夕方、奥谷啓介は、ニューヨーク「プラザ・ホテル」の1階にあるカフェに腰を下ろしていた。ここで10年間働いてきた奥谷氏は、この世界有数のグランド・ホテルの将来に関して考えていた。プラザ・ホテルは改装工事を予定しており、その後、部屋の大半がコンドミニアムとして売却されることになっていた。

プラザ・ホテルで過ごした日々を思い出しながら、奥谷氏は話し始めた。

「モハメッド・アリはこのホテルによく宿泊していました。最近ではキアヌ・リーブスが泊まりました。ヘンリー・キッシンジャー(元米国務長官)はこのカフェでお気に入りの席があります。アル・パチーノはこの近辺に住んでいる為、ふらっと来て良くこのカフェを利用しますよ」

奥谷氏はさらに続けた。「このホテルは、多くの映画のシーンでも使われました。一番古いものの1つに、アルフレッド・ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』があります。こんなに数多くの映画に出てきたホテルは、他に無いのではないでしょうか?」

プラザ・ホテルはまた、金持ち達のターゲットになってきた。アメリカの不動産王ドナルド・トランプが、かつてこのホテルを購入したが、その管理にあたってニューヨーク市と争ったことは有名な話だ。日本人にとっても、このホテルは、1985年に為替レートに関する「プラザ合意」が行われた場所として、良く知られている。

その歴史を通じて、プラザ・ホテルは、単なるラグジュアリー・ホテル以上の役割を果たしてきた。そしてこのホテルで極東地域からの顧客を担当するセールス・ディレクターを勤める奥谷氏にとっても、プラザ・ホテルが持つ意味はとてもは大きかった。

ホテル業界でキャリアを積み始めたときから、奥谷氏はプラザ・ホテルで働くことを夢見た。そして結果的に、彼はプラザ・ホテルにそのキャリアを捧げることになった。「大学を卒業後、ウェスティン・ホテルの東京オフィスに勤め始めました。当時まだ、ウェスティンは日本でホテルを展開していませんでした。そして、ウェスティン・ホテルズの1つにプラザがありました」

奥谷氏によると、米国と違い、欧州には多くの「グランド・ホテル」が存在するという。「米国でプラザを超えるグランド・ホテルは無いでしょう。米国にも多くの著名なホテルがあります。でも、プラザ・ホテルの素晴らしさは際立っています。それはホテルを超えて、羨望の的なのです」

奥谷氏は東京で5年間働いた後、シンガポール、サイパンと移動し、ついに熱望していたプラザ・ホテルでの勤務となった。奥谷氏以前にもプラザ・ホテルに勤務した日本人は数人いた。そして彼らは世界で最も名声の高いホテルでの成功を夢見た。ところが、殆どの日本人は長くは勤務できなかった。

プラザ・ホテルで勤務するのに一番必要なのは、プライドであると、奥谷氏は言い切る。「プラザ・ホテルの従業員は、勤務中、常に大きなプライドを示さなければなりません。このホテルに勤務することに誇りを持てない人間は、早々に辞めることになるのです」

 


Photos by Wataru Doi


ニューヨーク・プラザホテルのロビー


奥谷氏。プラザ・ホテルの玄関にて。

 
 

プラザ・ホテルがオープンしたのは1907年。セントラル・パーク南側のFifth Avenue(フィフス・アベニュー)沿いに位置し、世界で一番エレガントなホテルを目指して建設された。プラザ・ホテルは当初、ニューヨーク在住の富裕層向けの住宅として提供されていた。当時、貧富の差は非常に激しく、プラザ・ホテルは富裕層の社交場となった。ところが、米国が栄え、人々の収入が増えるに従い、ごく一般の人々がプラザ・ホテルを訪れるようになった。

ところが、プラザ・ホテルが一般客を惹きつけるに従い、その雰囲気は変わっていった。「ホテルの雰囲気はゲストが作り出します。残念ながら、プラザ・ホテルは昔ながらの良い雰囲気を失いました。昔からの常連客はホテルに来なくなり、その代わりに観光客が集まり始めました。でも私も、これがプラザ・ホテルにとって良いことか悪いことか、実際のところは分かりません」

プラザ・ホテルの従業員は皆、サービス、態度、マナー全てにおいて、ホテルの『格』に合った最高レベルのものを示さなければならない。そして同時に、従業員はホテルの雰囲気を維持する為、顧客にもそれなりの質を求める。

「例えば人々がメルセデス・ベンツを所有したいと思うように、ホテルマンは常に、ラグジュアリー・ホテルで勤務する夢を持っています。彼らは名声あるホテルの環境で働くことに誇りを持ちたい。でも同時彼らは、ゲストに対しても、それなりの『格』を持っていることを要求するのです」

高品質のサービスには、必ずしも大金が必要という訳ではない。それよりも、見た目、身のこなし、マナーが重要になる。残念ながら、日本人のゲストは「グランド・ホテル」に泊まっていることを忘れてしまっているような身の振る舞いをし、奥谷氏をがっかりさせることが多い。そしてさらに、彼らは欧米と日本の文化の違いも理解できなかったという。

日本からのゲストが引き起こす典型定期な問題が「チップ」である。

「日本から来たある家族が、ベルデスクに電話してポーターを呼んだことがあります。ところが、ポーター達は、その日本人家族の部屋に行くことを躊躇しました。というのも、彼らは日本人が正当な額のチップを払わないと知っていたからです。私は彼らの一人に、部屋に行くように頼みました。すると彼は、正当な額のチップが払われることを保証してくれと要求してきました。私は、日本人家族が正当な額を払わないと分かっていましたが、彼には、その家族が正当な額のチップを払うと保証しました。予想通り、日本人客はチップを払わなかったので、私はポーターに10ドル渡しましたよ」

奥谷氏は、日本のゲストに対し、プラザのような高級ホテルにおけるマナーや振る舞いをもっと学んで欲しいと言う。ホテルでは、ポーターの収入はチップに大きく依存している。対照的に、ハウスキーパーはチップ無しでも十分な給料を受け取っている。レストランのウェイターもチップに対する依存度が高い。

奥谷氏は説明する。「つまり、お客さんと直接顔を合わせる職種にはチップが必要なのです。もしコンシェルジェにレストランに関して尋ね、良いレストランを紹介してもらった場合には、チップを渡さなければなりません。通常、チップはサービスが提供されてから支払われます。でも、本来の意味は少々違います。チップ(TIP)は、『to insure promptness(手際良いサービスを約束する)』の略なのです」。彼によると、グランド・ホテルにおいては、ポーターは1人サポートするにつき3ドルのチップを期待しているという。つまり、4人家族では12ドル渡さなければならないのである。

奥谷氏は、別の問題に出会ったことがある。

「日本人は、お客様は神様で、何でもしてよいと思っています。でも米国では、皆平等なのです。これは、客と従業員の間でも同じ考え方です。いくら金持ちでも、プラザ・ホテルは、尊大な態度をとるゲストは望みません」

奥谷氏によると、プラザ・ホテルの従業員は、ゲストがどのような人物か、コーヒーショップに立ち寄る姿だけで判断できるという。「一目姿を見ただけで、その人がプラザ・ホテルに相応しい人かどうか分かります。服装、アクセサリー、そして一番大切なのは、マナーと立ち振る舞いです」

2007年に再オープンする際、プラザ・ホテルは100周年を迎える。しかし、新しいオーナーは大規模な改装工事を行い、殆どの部屋をコンドミニアムにして販売、そしてテナントを募集して店を置く計画をしている。ニューヨーク市民はこの計画に強く反対、多くの部屋がホテルとして残り、カフェ、レストラン、宴会場は残るように変更された。「金で全てが買えるという訳ではないことが証明されたのです」と奥谷氏は語る。

そして奥谷氏自身そのプランに反対しているにもかかわらず、彼はプラザ・ホテルの部屋の売却事業に関わっている。「全体の部屋の3分の2がコンドミニアムとして売却される予定です。価格は5百万ドルから4千万ドルの間です。でも、私はできれば投資家に部屋を売却したい。何故なら、彼らは部屋に住まず、ビジターに部屋を貸すからです。日本人でも1人、部屋の購入に興味を持っている人がいますよ」

プラザ・ホテルにおける奥谷氏の思い出の1つが、1995年の竹下登首相(当時)の滞在であるという。竹下首相(当時)はプラザ合意10周年で訪れていた。「面白かったのは、プラザ合意がどこで行われたのか、ホテルの誰も思い出せなかったのです。竹下首相(当時)に場所を尋ねると、『White and Gold Room』だったとおっしゃっていました」

ホテルマンとしてのキャリアが終わるまで、プラザ・ホテルに勤務すると、奥谷氏は信じていた。しかし、新しいプラザ・ホテルでの雇用については全く先が分からない。改装工事後は、客室はたった350室になり、客室料金も値上がるだろう。奥谷氏の雇用は、その中でアジアからの需要がどれだけあるかにかかっている。

そんな中、奥谷氏はある夢を考えている。「ホテル業界に20年間身を置き、ホテル・サービスやゲストの振る舞いに関する哲学が、自分なりに持てる様になりました。いつかはジェネラル・マネージャーとしてホテルを運営したいですね」

 
     
 
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